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100均でおなじみ浸透印・プッシュスタンプ1000の有限会社クリークのブログです。 商品に関すること関連すること、全く関係の無いぼやきなどなど・・・。
先日の日曜日、時間が空いたので数年ぶりに映画館へ行った。
「小川の辺」篠原哲雄監督、東山紀之、菊地凛子主演作品。
藤沢周平作品である。

小川の辺
映画は藤沢周平の小品らしい素敵な作品だった。

これといった大きなドラマティックな展開もなく、細やかな家族の情と良き日本の情景が淡々と展開されつつクライマックスにたどり着く。
静けさだけではなく、東山紀之と菊地凛子の殺陣も良かった。

東山の父親役の藤竜也が密かに隠居を決意して、嫁に硯筆一式を譲り渡すシーンがあった。
当時はこういうときに譲り渡すハンコなどもあったのだろうかとふと思う。

そういえば殿様クラスが花押を押すシーンはなにかと見たことがある気がするが、一般庶民どころか普通の侍がはんこを押しているシーンも、映画ドラマで見たことがない。

普及していなかったのかと調べてみたところ、江戸時代後半から幕末頃にかけてはすでに一般庶民にもかなりハンコは普及していたらしい。感覚的には普及していたとしても武家クラスかと思っていたので意外な事実である。

そもそも紙に何かを書くということ自体が限定される時代なのだから、ハンコを押すシーンも限られてくる。
おそらくは公的な書類、証文に押印ということが圧倒的に多かったのだろう。


江戸時代というのは実は意外なほどの訴訟の多い社会だったようである。
幕末前期のある年の南北町奉行管轄の訴訟件数が5万件を超えていたという数字がある。
その大半は金の貸し借りだそうだ。
当時の江戸は世界的にも識字率が群を抜いていたらしいが、それでも下層庶民には字が書けない人もそこそこいたはず。
そういう人でもハンコを持っていれば署名も出来るという事実もあったのではないかと想像する。
訴訟があるということは契約もある。ハンコ文化もそういうところから普及したのだろう。

藤沢作品、少し前にDVDを借りて「必死剣・鳥刺し」を見たがあれは最後が悲惨。今回の「小川の辺」で温もりを取り戻し、ほっとする。
この季節になると、また「蝉しぐれ」を見てみたなる。


それと、東山君には仕事人への復帰を切望する。
中村主水亡き今、渡辺さん、あなたがお江戸の鏡花水月・・・・・。

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さて、今夜はFIFAワールドカップ パラグアイ戦!
夜の11時からですが、皆さんは応援しますか。

この間の明け方3時からというデンマーク戦に比べたら、まだ観戦しやすいですね。
4年に一瞬だけのサッカーファン、それ以外の時は一切試合を見ることも無い私も、ミーハー的に岡田ジャパンを応援します。

というところで、今回は本田圭佑選手にちなみ、本田姓について。

今回、世界から熱い注目の的の本田圭佑選手、なんと摂津市鳥飼出身だったのですね。
この間まで私が住んでいたところの徒歩圏内\(◎o◎)/
似非サッカーファンの私はカメルーン戦が終わってから初めて知った次第です。
アルゼンチン戦の時もTVに近所映ってましたが、結構静まり返っていましたね。
今度のパラグアイ戦こそ地元が沸騰するか!? 微妙か!?


さて、ここでは姓のこと。
まず、本田姓の順位ですが、クリーク順位では111位。
他調査のデータでも120位前後です。
このくらいの順位になるとデータの取り方で誤差がこれくらい出てきます。
クリークのデータだと111位までで、5000姓の34%を占めています。
ただ、本田宗一郎氏のおかげで世界の認知度は超一流です。
今回、本田圭佑選手がその知名度にさらに拍車をかけるか?

全国的な分布は、地域的に偏ることなく満遍なく散らばっていますが、熊本県が一番多いようです。
熊本県の電話番号分布データでは11位!佐藤さんよりも上位にランクインしています。

なるほど、そういえば本田圭佑選手の父方は熊本でした。
そういえば2そういえば!滅多に思い出さないのだが、私の父方祖母も本田だった(~_~)
母方も父方も塩飽水軍と村上水軍がらみだとは聞いたことがあるのだけど・・・、閑話休題

それでは、今夜(2010年6月29日)日本時間23時より、パラグアイ戦、応援しましょう!

私の予想は今回も3:1でジャパンの勝ちです。

                    ・・・おっと!予想はいらないよ、予想は・・・!

written by MAT

さて、鈴木さん!
日本の姓のナンバー2である。

クリークでの出荷数も概ね2位である。
「概ね・・」というのは、データの取り方によってたまに3位の高橋さんと逆転することがあるからだ。でも、データを積んでいくとやはり鈴木さんが2位かな・・・。
パーセンテージは1.1%から1.3%ぐらい。
鈴木さん

鈴木さんというのは日本の上古には無かった姓のようだ。
そのルーツは穂積氏。
ニニギノミコト天孫降臨以前に畿内に居たとされる別系統のニギハヤヒミコトルーツの物部采女などと同族といわれる穂積氏である。

熊野神事を行う一族が鈴木氏となった。
当時神事を行うために積み上げられた稲穂の事(穂積)を「ススキ」と呼んでおり、それが転化しスズキとなったとのこと。

彼らは熊野から海上交通を通じておおむね関東方面に広まり、やがて義経の時代以降に武家として拡大していくことになったようである。

鈴木さん
日本ソフト販売さん(写録宝夢巣)のデータ(電話帳データ)によると、
茨城県、栃木県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、静岡県、愛知県では
第一位姓のようである。
こちら関西では、だいたい30位から50位ぐらいで、それほど目立つ姓ではない。
鈴木さん

そんな環境のせいもあるのかどうか?
個人的に関わりがあった鈴木さんというのもほとんどいないし、
歴史上やTVなどでも、興味のある鈴木さんというのが私には薄い。

鈴木善幸、鈴木宗男、鈴木保奈美、名前は思いつくが、可も不可もない人ばかり・・・。
鈴木さんて誰だろうと、Google検索窓に「鈴木」と入力してみてもピンとくる人がいません。

鈴木さん

あ、そうだ。イチローがおるわ!と、思ってみるが、野球好きでもない私には書くことも無い。
鈴木イチローと検索窓に入力してみたらこんなネタが出てきた。

鈴木イチローと小沢一郎の違い

みなさん、ここは早々に切り上げてそっちへ行って楽しんでくれたまえ。
鈴木さん
written by MENMA

姓のお話、2回目は第2位の鈴木さんかなとも思ったが、佐藤さん、もう一度いこう。

巷でも、ここでも、資料を見ながら佐藤さんならああだこうだと、ある程度断定的なことを言うが、実際のところはそんな単純なものではないのである。
姓というのは確立された年代もルールもバラバラなので、本当はルーツも複雑怪奇なことになっているのだ。佐藤さんのルーツはこうこうですよというのは、「佐藤さんなら首相になれますよ」と言うのに匹敵するぐらいの、真理の一面に過ぎないことをお断りしておこう。
アバウトな私は、そこまで精度の高い物を書くつもりはないし、そもそも書けないのである。
つまり、このブログで書いてあることは参考資料にはしないでね。
話半分にしといてね。
ということなのである。

我々は適当に「名字」とか「」とか言うが、氏(うじ)姓(かばね)から続くもの、地名職業から受け継がれたもの、適当に(本当に)付けられたものなどなど、多岐にわたっているものなのだ。
本来、氏(うじ)姓(かばね)と名字、苗字、姓(せい)は区別されるべきものだがごっちゃに使われていることも読み解きがたい原因となっている。

ここでは、そんなややこしい事は言わずにお気楽に姓のあれこれ断じてみようかと思う。

 

何時頃から日本一になったのか知らないが、佐藤さんにしても、多くなった理由は、藤原一族で権勢を誇ったからという訳でもない。
地名に基づく場合も(佐藤さんの場合は『?』)多かっただろうし、近世になって名乗る場合に名乗りやすかったという理由もある。
名乗りやすいというのは、例えば領主等に佐藤姓が少なかったから佐藤姓が増えた、という事もある話だ。上位の人の姓を名乗るのは命がけだったでしょうから。

 

佐藤姓のルーツと云われる佐藤公清左衛門尉と言う官職、実は権勢を誇って広がるほど、それ程高い身分ではなかったらしい。六位の北面武士という事なので、上からみたらボチボチの地位だった。
そのままぼちぼちと、その後ずっと栄えたのかといえばそれもそうでもない。


平清盛などと同世代の佐藤義清というのがいた。
この人が本家継承者だったのだが、23歳で失踪、否、出家をしてしまったのだ。
理由は不明、ただ、出家して歌を詠みながら日本中を放浪したおかげで、
やたらと有名人になってしまった。

本来の彼の身分なら歌を詠んでも勅撰集などには”よみびとしらず”として、名前など載せてもらえなかったのだが、出家したおかげでポンポン名が売れるようになったのだ。

失恋のためという説もあるが、世の無常をはかなみ(という名目で)出家し、2000首近くの歌を残し、50年あまり全国を仕事しつつ歩き回ったようである。
いくら昔とはいえ、50年間、放浪するにはそれなりの資金が必要なはず。
どこからか出資されていたのかどうかは知らないが、おそらく家財を、食いつぶしてしまったのではないかな。佐藤家はその後表舞台にはあまり現れなくなっていった。

そして、佐藤家の後世数世代が得るべき栄華をすべてカバーして余りあるほどの評価を西行法師は得る事になったのであった。
 バガボンド

和歌などにはとんと疎い私でも、有名なこの歌など、さすがに響いてくるのである。
ねがはくは花のしたにて春死なん そのきさらぎの望月の頃

この佐藤義清さんが出家したおかげで佐藤姓日本一多い姓になったのかどうか?
それは、私は知らない。

 

770年、・・・。
西行さん!また泊まりにこんかな。
もうあの松は、のうなってしもうたけんどな。

『ここをまたわがすみ憂くてうかれなば 松はひとりとならむとすらむ』

西行
 


By MENMA

えー、遅ればせながらブログ始めます。
100円ショップの浸透印を作っている会社です。

世のたいていの100均に並ぶプッシュスタンプ1000
あれです!
あれだけ日本全国に出回っておきながら製造元不詳というあの商品。
われわれが、そのメーカーでございます。

最初で最後になるかもしれない記念的第一発目のブログ記事ということになると、やはり日本で一番多い姓、佐藤さんの事になるのでしょうね。


クリークで一番多く売れているハンコも当然ながら「佐藤」姓です。
ここ5年のデータをみると「佐藤」さんが全体の1.44%。
だいたい全国に200万人程いらっしゃるようで、
平成22年4月現在の日本の人口が1億2739万だそうなので、アバウトながら1.57%。
ほぼ「佐藤」さんの販売率が間違いない数字のようです。

ちなみにクリークのハンコの姓は5000姓だけです。
日本全国には30万姓とも言われてますが感触としては5000姓でほぼ95%以上網羅しているのではないかと思われます。(確認はしておりませんのでご注意を)

佐藤さんにも分布があります。
東日本に多く、東北に3%、関東で2%、中国・四国・九州では少な目のようです。
それでもどこへいっても200人も集まれば必ず1人はいるでしょう。
「いやぁー、佐藤さんって凄いのね」って感心しているあなた、これぐらいで感心していてはいけません。
「佐藤」さんの姓にはもっと大きい裏があるのですよ。


実は・・・

「佐藤」さんの文字には何がありますか?
そう、「佐」「藤」!
これが重要なのです。

藤が付く姓というのは概ね、あの藤原氏の末裔なのです。
「伊藤」「斉藤」「加藤」「遠藤」「近藤」「後藤」「安藤」みーんな藤原氏の子孫なのです。
あの中臣鎌足から広がる巨大な氏族の一族なのです。
あまりにも巨大になりすぎてみーんな藤原になってしまったため「XXの藤原」略して「X藤」という風に分かれて行ったそうです。

意外にも現在の「藤原」さんは「藤原氏」一族ではなかったりするようです。

それでは「佐藤」さんのいわれは?
というと、祖といわれる藤原秀郷(平将門を討った、あるいは大ムカデ退治の俵藤太)の5代目の公清が「左衛門尉」という役職に有ったから「左衛門尉の藤原」と名乗ったと言う説、秀郷が下野国佐野庄に居たからと言う2説があるようで・・・。

ちなみに、読み違いの佐東さん、左党さん、砂糖さん、その他のさとうさんもみんな同じ由来で転化して行った姓のようです。

さて、佐藤さん、いつもご贔屓いただいてありがとうございます。
他の人と同じ値段ですみませんねぇ。

ハンコ押し

 

written by MENMA

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